トップ > コラム&ノート > 「やったつもり」〜添加と省略

 某フルコン団体の話ですが。「ハイキックに対して軸足を刈る」という技の練習法について聞いたのです。少林寺拳法でいう横転身蹴のようなものをイメージしてくださっても結構でござる。
 単純に動作に合わせて蹴ることが出来ればいいのですが、実際のところはそんなに口で言うほど簡単ではなく、またそれを試合で実行するためにはもっと難しい。なのでまず、「避け動作・防御動作」を付けてから「蹴る」という手順で練習し、「避け動作・防御動作」を前段階として行うことにしたらしく。

 そして次が大切なんですけど、実際にこの「避け動作・防御動作」を最終的には省略して「蹴る」のですが、ただ「蹴る」のではなく「避け動作・防御動作」をやったつもりで「蹴る」ことが大切なんです。

 
   動画で確認するとこんな感じ。まずは二動作(過程a2)でやる。(ここでは五回やってる)。そんで六回目に「蹴る」だけ。

 実際に六回目の「蹴る」の前にはステップは入っていませんが、蹴ってる本人はステップを入れているつもりでやっているんです(a3)。
 当然、「防御動作」がある方が安全なんですが、それを入れたがためにワンテンポ遅れてしまう。しかし入れないと怖い。というわけでこれらを意識下でほぼ同時、もしくは同時にやってしまうのです。
 
 これら過程を図にするとこんな感じ。過程a1では怖いので、過程a2のようにまず「左ステップ」を添加して防御しておく。なんとなくこの動作が身体に馴染んできたらこの二動作を同時にする(過程a3)。
 このような動作の省略は、拳法に限らず人間がどこでもやっていることでしょう。ここで問題になるのは、
  • 本人はやってるつもり(その意識があろうと無かろうと)
  • 周りの人から見たら、やってない


 以下は、特に具体的な例ではありませんが五つの動作があったとして、人は自然にそれら五つの動作を一連の動作として集約し始めるということを三つの過程で書いてみました。人は端折ってしまう、ということです。





 このように端折ってしまう、という認識をどのように活用するのか、それは以下であります。

●できない動作は段階を分ける 〜意図的に添加する
 できる人には何故できないのかわからない、できない人には何故できるのかわからない。こんな経験はよくあります。鉄棒や投球、また自転車に乗るという動作がそうですが、拳法ではたとえば受身です。前受身も後受身も横転より起上がりも、言われてすぐできたという人は結構いらっしゃるのではないでしょうか。私もそうなんですけど。でもできない人はなかなかできない。
 こういう場合は動作のエッセンスを分解して練習、また指導することを皆さんは既にやっているはずです。丸廉サイトでも、まさにドンピシャ受身練習解剖」というページがビスさんによって作られており、受身動作を「解剖」して段階的練習を掲載しています。
 受身に限らず、振子突でも柔法でもこのように分解は稽古の切り口として意識的に多様しましょう。


●できる動作は、意図的に省略する
 これは上ともまだ内容が被ってしまいますが、例えば強い逆突(直)が突けない時に、ではまず順突(直)を軽く出してから逆突をしてみる、としましょう。まずワンステップ、順突を入れることで肩が入れ代わって逆突がしっかりと突ける、このような練習は初期の段階によく行われていると思います。
 次にこの順突を「やったつもり」で逆突をするのです。このやったつもりは本当にやったつもりで無ければ効果はありません。しかし面白いことは、実際に順突を突いていた時ほど物理的には肩が返ってなくても意識さえあれば同様の威力の逆突が出せるということです。また上達すれば、乱捕り稽古のときに相手が出してもいない順突に反応することまである。まこと人間とは面白い。でもこれが本当に起こる。
 こんな感じで、予備動作を他の動作で呼び出すことで体感覚を身に付けていくことは少林寺拳法の法形でも多用されている要素です。龍系諸技で捕る前に当身を入れる動作は格闘上の意味もありますが、用の剛柔一体の意味もあることは周知の事実です。

 話を戻して、普段二つもしくは三つの動作でやってきたこと、上の順逆二連突のように自分で加えた動作ではなく、指導上当初から段階的に与えられてきた複数動作も意図的に端折ってみることもよい稽古になる、と提案したいのです。みんなもうやってんですけどね。意図的にやる。その意図的にやるときのポイントが、「やったつもり」なんです。動作は端折っても意識は残す。例えば、有段者になったら鈎手をやったつもりで進めてみる、といった具合です。
 柔道にも有名なのがありますよね、「足払いしたつもり」とか。合気でもこれは要点であると言う人もたくさんいらっしゃいますね(Youtubeの3:00くらいから)。そして少林寺拳法でもこれはきっと重要な稽古との方向性のひとつとなるはずです。少なくとも体格的に劣る人間にはこのような先に関連する稽古は不可欠です。

 上記「ハイキックに対して軸足を刈る」も同様です、「左ステップ」を入れることで格闘上の安全を加味しているという意味合いもありますが、何より精神安定上の問題へのアプローチであり、これにより「蹴り」を落ち着いてしっかりとできるように導いてます。これは決してタイミングを合わせる稽古ではありません。


●指導時の視点と注意点
 これらを「やったつもり」ということを認識した上でさらに、もうちょっと提案させていただきます。これは上でも書きましたこれらついてです。
  • 本人はやっている(その意識があろうと無かろうと)
  • 周りの人から見たら、やってない
 まず指導を受ける時から、つまり「周りの人」の時であります。この「やったつもり」というのは、錬度が進むと「やったつもり」という意識すら無い場合があります。しかし身体はその元のやってきた動作を覚えている。これが罠です。例えば先生が、小手をかけるときに…、
  • 鈎手してねぇ!!
  • 肘がまったくでてねぇ!!!
  • 運歩すらしてねぇぇぇぇぇ
とかでもそれを真に受けてはいけませんw たとえ本人が「実はいらないんです」とか言っても信じてはいけません。その先生だって習い始めたころはちゃんと、やってたはずです。長い修練の結果、、、端折ってもできるようになったにすぎません。物理的にそのようになって無くても意識の中ではやっていたり、また体幹ではその動作が行われているのかもしれませんよ!? 中にはやってないのに「いや、やってますよ」という先生もいらっしゃる。でもこれは嘘を付いてるわけではないんです。本人はやってるんです。
 少なくとも若輩がそれを見て自信満々に「この動作はいらない」とか言ってしまうことは頭痛の種になります。よくよく考えてみてください。

 そして指導する時の注意点であります。どうか全国の指導者の皆様、自分の動きをよく観察してください。自分が知らないうちに端折ってしまっている動作は無いでしょうか。きっとあるはずです。そしてそれをそのまま白帯や級拳士に教えてしまっていることはありませんか。もちろん端折ってもいい動作もあるでしょう。しかし端折ってはいけない動作もあるはずです。ご確認ください。



  • 指導時は、端折ってしまってないか注意!! という意識
  • 習う時は、この先生端折ってないか注意!! という視点
  • 達人ビデオ見て、形だけ真似ても、そりゃあかんうまくいかん

 「やったつもり」はいい稽古を導くし、また罠にもなります。



  • アメリカンインディアンだったか、エスキモーだったか忘れましたが狩猟のときに、鹿の横に立ってるつもりになるてのを聞いたことありましたわ。森で鹿に会うと鹿は緊張します。こちらをじっと見ています。だから猟師が、自分と鹿を真横から見てる位置に、自分が立っている意識を置く。すると何故か鹿が横から見られている気がして?横をチラッと見るからその時に射る。漫画みたいな話しで恐縮ですけど、これも「つもり」なんですよね。


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