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 「アップルの突撃レポート第一弾」(仮)

みなさん!「違いがあるから面白い」のページは見ましたか?見てないの?見るんだゴラァ( ゜Д゜)

  さて、誰しも一度は経験するこの「違い」についてどのようにお考えでしょうか?私は九州より出てきて関東の支部へ転籍してきましたので更にこの「違い」に戸惑っていました。柔法においては特に、
「それは昔からの古い先生がよく使う技の掛け方だねぇ、最近本部ではこのように指導しているよ」
ってね。確かに私の以前のお師匠は九州では大先生に部類する方ですから私は単純にこのやり方は”古いのか”と勘違いをしてしまっていました。

以前の道院では柔法はわりとガッツーンと掛ける、痛めて投げるタイプ
そして今のうちの先生が言う柔法とはフワリ、と崩して投げる(倒す)タイプ
いい言葉が見つからん・・(;´Д`)

  私はこのガッツーンタイプから本山の長年の研究でフワリタイプへと柔法が進歩してガッツーンタイプは古いものだとして最近指導してないのかと考えてしまっていたのです(私だけか・・)。
  が、現在本部でこのようなフワリと崩して投げるタイプを推奨しているのは本当のようです(615:今日は2003/11/03でふ)。だって本部で聞いたんだもん確かです。本部の先生から聞いた話だと、ガッツーンもフワリもどちらも存在するものだからどちらが正しいというわけでなく、どちらも使えばいいじゃん!とのこと。が、昔は確かにガッツーンが流行ったので、今はそちらに偏ってしまったので現在本部ではフワリのほうを推奨していますと。あと10年くらいはそうするだろうなぁともおっしゃっていました。つまりどっちゃでもええんちゃうかーということですね。そもそも護身術においてこの技はこうでなければならないという考えなんておかしいと思いません?襲って来る敵は何をしてくるかわからないのですしね。
  っつーか、そもそもなぜこのように違う教えが各地に広まってるのでしょう?もちろん各先生方の特色にもよるでしょうが、こんな開祖のエピソードを道場長に聞きました。(もちろん聞いた話なので不確かさ!)

  少林寺拳法が始まったばかりのころ、もちろん科目表なんてなく、開祖が弟子に技を教えるときに・・
開祖「おい、お前突いて来い!!」
弟子A「はい!ゴラァ!!」
開祖「こうだ!」
弟子「うぎゃー!」
開祖「練習してこい!」
開祖「次!お前突いて来い!」
弟子B「ゴラァ!!」→「うぎゃー!」

これの繰り返し(w つまり開祖は「これはこうゆう技なんだよ!」なんて説明は一切しなかったそうです。このあとの練習で弟子、つまり私達の大先輩方は
弟子A「俺はこうやったらこうされて、んでココが痛い!お前はどうだ?」
弟子B「俺はこう投げられたよ!」
弟子A「つまりこの技はこういうことなのか?」
と研究されて今のような形に編成されてきたそうな。その際、同じ技のように見えても、開祖は相手の体格、身長などによって掛け方が違っていたそうです。(この辺は当たり前なようだが重要なことかもとおもた)つまり技を掛けられた先生によって掛けられ方も違うのは当たり前なことなんですね。

っとこのことを書こうと思っていたら今日もらった会報(会報少林寺拳法2003/11)にそのまま載ってる罠・・・。
  会報より、「こうだ、あとは練習してこい。」 開祖はこと細かく、技法の解説などいたしません。掛けられたほうは狐につままれたようなものです。さっそく手を握り合っては、ああでもない、こうでもないと繰り返します。そして
「もともと少林寺拳法の道場は創造空間だった」
大切なのは、思考力、言葉による表現力もさることながら、身体を使って探求し、創造すること。っとな。
  少林寺拳法の練習は口数が多く身体をあまり動かさなくなってる傾向がありませんか?(最近私も・・これは自分自身の反省でつ。)原点にもどり、私達なりの少林寺拳法を創造していきたいですね。

けど基本は大事なり!!

結手

アップル 2003/10/31

連携原稿  違いがあるから面白い 柔法
次回は何処に突撃してくれるのか楽しみでつな!!
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